フタナリ?

広義トランスジェンダー。戸籍上同性愛者。考えることは色々。でも想いはヒトリの人へv


    「フタナリ?」は、以下の取り組みに賛同中です。

    クリックで救える命がある ホワイトバンドプロジェクト

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ようやく

アメリカ国民が気がつき始めたようです。
自分たちのリーダーの行っている矛盾に。
まだようやく半分を超えたくらいですが、
それでも確かな進歩、確かな声だと思う。

他の国でなんのためかもわからないまま死ぬ若い兵士、
そして家族を失って悲しむ人、
自称解放者を名乗る軍隊に、生活を粉々にされる一般人、
そんな人たちが日々増えていく中、
サイクリングしているような人、
私は大国の代表者だなんて認めたくありません。。。

頑張れ、シーハンさん!

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今日という日に思うこと

本日は終戦記念日。

12時の黙祷を捧げる時間は腹痛と闘いながら、仕事してたので、
祈りを捧げることは出来なかったし、
寝坊したせいで、遅刻しかけたため、ぶっちゃけ夕方まで忘れてた、不謹慎な奴です。

ごめんなさい。


なっちゃんのおじいさんはシベリアに抑留されたことがあると聞いた。
もしその時なにかが違っていたら、なっちゃんはこの世にいなかったかもしれない。
そう思うだけでぞっとします。


偽善的で陳腐な言葉かもしれない。
けれどこう願うことが無駄だとは思いたくない。

「世界が平和になるように。」


【“今日という日に思うこと”の続きを読む?】

怪しき雲行き

先日(7/7付)の記事にいくつかTBを頂きました。

TBしてくださったブロガー様、ありがとうございます。

その方たちの記事を拝読し、
またそれらによせられたコメントを拝見し、
ますます心悼めています。

今、死者50人以上と言われていますが、
恐らくもっと増えるでしょう。
哀しいことですが。

あの9・11の事件以降、
世界がどんどん歪み、軋んでいる気がしてなりません。

なぜ力を持つ人々はそのことを糾弾するばかりなのでしょう。
本当に憂うのならば、もっと何か方法があるのではないですか?

テロに怒りを表明することも必要でしょうが、
まず犯人探しよりも、犠牲になった一般市民のケアに奔走するべきではないですか?

犯人を捜して、それを捕まえれば終わりでないことは、
アフガニスタンのタリバン政権や、
イラクのフセイン政権が崩壊した後も、
なお、犠牲者が続く現状から、一目瞭然なのではないですか?

いいかげん、悪役を作って、自分たちを正当化させるのは終わりにしませんか。
人はそれほどまでに愚かではないと信じさせてください。
人種や信じる宗教が違っても、同じ人という生命体なのだと、気づいて下さい。

せめてもの救いは今回の事件に関して、
色々と考えを表明している方がいらっしゃるということ。

強大な力でもって、相反する勢力を押さえ込もうとすれば、必ず軋轢が生まれます。
世界の歴史を変えてきたのは、結局は名もなき個々人の切なる平穏への願いです。


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

と、なんだかまたまとまらないままに書き綴ってしまいました。
お目汚し、お許し下さい。
最後まで目を通してくださり、ありがとうございました。

【“怪しき雲行き”の続きを読む?】

なんかまだ事態が把握できませんが

また惨事が起こったようですね。。。

TVではなんだか的外れなコメントばかりでいらつくし。
何を知りたいってわけではなく、
むしろこんなこと知りたくない。
あったなんて信じたくない。
だからどういうニュースを求めてるか自分でもわかんないのだけど。

ただひとつ言えるのは、
私は「対テロ戦争」
と言う単語がどうにも気に食わない(-_-;)


テロを支持するわけではない。
もちろんそれは恥ずべき暴力犯罪行為である。
だからと言って、それに対して戦う正義の戦争みたいな響きを持った、
「対テロ戦争」という言葉はどうにもこうにも苛立たしい。

戦争は所詮殺し合いに過ぎない。
何が正義も悪もないんだ。

力が全ての社会。。。
いいかげん、どこか変だと気づきましょうよ。
ねぇ。


七夕なのに、こんな話題だなんて、織姫彦星も泣いておるよ。。。

2ヶ月

もうたってしまいました。

時間とはなんと残酷なのでしょう。

惨事と一言で片付けることは出来ませんが、
そういう出来事は出来るだけ覚えておくように、
努力はしています。

だからって、何が出来るわけではない。
ただ自分と言う人間の小ささと無力さを噛み締めるだけですが。

それでも忘れてしまうよりはましだと思って。

人が物事を忘れるというのは、
ある種の機能であるとどこぞで目にしました。
じゃないと全てを持って生きていくのは、
あまりに大変で困難なことだからだそうです。

それでもあのような事故や事件に関わった当事者は、
忘れることすらできないでしょう。

もし出来ることなら、私の「忘れる」の機能を、
その方たちのお一人にでも差し上げたい。。。

なんか偽善まみれなことは承知の上で、ふとそんなことを考えました。


明日はインド洋の大津波から半年です。。。

黙祷・・・

私は自分のことにかまけて、
すぐに世界のさまざまな哀しみを忘れてしまいます。

ちょうど1ヶ月前のあの事故を憂う気持ちも目先の欲に負けてしまいます。

今もただ目を潤ませ、黙祷することしかできません。

ただ生かされている事実を、自覚し、感謝したいと思います。



黙祷。。。


黙祷・・・・・・

ニュースを見てました…。
つらいです。。。

全く知らない人々だとしても、
命が奪われたり、傷ついたりするのを見るのはきついものです。

哀しみが胸をつきます。
一人でも多くの人の無事を祈ります。

以前、制作した写真詩があります。
友人の友人の訃報を伝えられた時に作ったもの。

自分自身が知っている人でもなんでもないのに、
「死」という事実が突きつけられたことに対しての、
なんともいえない気持ちを詠んだものでした。

本来、文章の詩とセットでの作品なのですが、
祈りの気持ちを込めて、写真のみ掲載します。。。


huhou.jpg

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